ホテルや旅館などの宿泊業界において、経営の健全性や収益力を測るためには、様々な経営指標が用いられます。その中でも、特に重要視されているのが「RevPAR(レブパー)」です。RevPARは、単に客室がどれだけ埋まっているか(稼働率)や、一室あたりいくらで販売されたか(客室単価)だけでなく、その両方を掛け合わせた「販売可能なすべての客室から、どれだけ効率的に収益を生み出しているか」を示す指標です。
この記事では、ホテル経営の根幹をなすRevPARについて、その基本的な意味から、なぜ重要視されるのか、具体的な計算方法、そして混同されがちな他の指標(ADR、OCC、GOPPAR)との明確な違いまで、一つひとつ丁寧に解説していきます。
さらに、記事の後半では、RevPARを向上させるための具体的な施策を「平均客室単価(ADR)を上げる」「客室稼働率(OCC)を上げる」「キャンセル率を下げる」といった多角的な視点から深掘りします。付加価値の高いプランの作り方から、最新のデジタルマーケティングを活用した集客方法、顧客満足度を高めてリピーターを増やす戦略まで、明日からでも実践できるノウハウを網羅的にご紹介します。
本記事を最後までお読みいただくことで、RevPARという指標を正しく理解し、自社の経営分析や戦略立案に活かすための知識が身につきます。ホテル経営者やマネージャー、マーケティング担当者、そしてこれから宿泊業界でキャリアを築きたいと考えているすべての方にとって、必見の内容です。
目次
RevPAR(レブパー)とは
RevPAR(レブパー)とは、「Revenue Per Available Room」の略称で、日本語では「販売可能な客室1室あたりの収益」または「販売可能客室数あたり収益」と訳されます。これは、ホテル経営における収益性を測るための最も重要なパフォーマンス指標(KPI: Key Performance Indicator)の一つです。
具体的には、ホテルが持つ販売可能なすべての客室を対象に、1室あたりで平均してどれくらいの売上を上げられたかを示す数値です。この指標の最大の特徴は、「客室の販売単価」と「客室の稼働率」という、収益を構成する二大要素を同時に考慮している点にあります。
例えば、客室単価が非常に高くても、実際に売れた客室が少なければ(稼働率が低ければ)、ホテル全体の収益は伸び悩みます。逆に、すべての客室が満室で稼働率が100%であっても、一室あた色の販売単価が極端に安ければ、これもまた十分な収益を確保できているとは言えません。
ホテル経営の目標は、単に客室を埋めることでも、単に高く売ることでもなく、この二つの要素のバランスを最適化し、収益を最大化することです。RevPARは、まさにその「単価と稼働率のバランスが取れた、本当の収益力」を可視化してくれる指標なのです。
この指標を正しく理解し、定点観測することで、ホテル経営者は自社のパフォーマンスを客観的に評価し、より的確な経営判断を下せるようになります。例えば、以下のような問いに答えるための重要なヒントを与えてくれます。
- 現在の料金設定は市場の需要に対して適切か?
- マーケティングや販売促進活動は、収益向上に貢献しているか?
- 競合する他のホテルと比較して、自社の立ち位置はどこにあるのか?
- 季節やイベントによる需要の変動に、うまく対応できているか?
RevPARは、過去の実績を評価するだけでなく、未来の収益を予測し、戦略的な価格設定(レベニューマネジメント)を行う上での基礎データとなります。例えば、特定の期間にRevPARが低下した場合、その原因が「単価の下落」にあるのか、「稼働率の低下」にあるのか、あるいはその両方なのかを分析することで、打つべき対策が明確になります。単価が原因であれば価格戦略の見直し、稼働率が原因であれば集客施策の強化、といった具体的なアクションプランに繋げられます。
ただし、RevPARを理解する上で一つ注意点があります。それは、RevPARが評価するのはあくまで「客室部門の売上」であるという点です。レストランやバー、宴会場、スパ、駐車場などの付帯施設の売上は、この指標には含まれません。したがって、特にリゾートホテルやMICE(会議、研修、展示会など)に強いシティホテルのように、付帯施設の売上比率が高い施設の場合、RevPARだけでホテル全体の経営状態を判断するのは不十分です。その場合は、後述するGOPPAR(販売可能室1室あたりの総営業利益)など、他の指標と組み合わせて多角的に分析する必要があります。
とはいえ、ほとんどのホテルにとって客室売上が収益の柱であることに変わりはありません。RevPARは、その柱の太さと安定性を測るための、最も基本的かつ強力な指標であると言えるでしょう。
RevPARがホテル経営で重要視される理由
RevPARが単なる経営指標の一つに留まらず、なぜ世界中のホテル経営者や投資家からこれほどまでに重要視されるのでしょうか。その理由は、RevPARが持つ多面的な機能性にあります。この指標は、ホテルの収益性をシンプルに可視化するだけでなく、経営戦略の立案、競合分析、そして外部への説明責任といった、ホテル経営の根幹に関わる様々な場面で不可欠な役割を果たします。
第一に、RevPARはホテルの収益性を総合的かつ客観的に評価できる点が挙げられます。前述の通り、ホテルの客室収益は「ADR(平均客室単価)」と「OCC(客室稼働率)」という二つの変数によって決まります。ADRだけを追求すれば、高単価を維持するために販売機会を逃し、OCCが低下する可能性があります。逆にOCCだけを追求すれば、価格を下げて客室を埋めることになり、ADRが犠牲になる「安売り」の状態に陥りがちです。
RevPARは、このトレードオフの関係にある二つの指標を掛け合わせることで、「収益最大化」という最終目標に対して、現在の経営状態がどれだけ健全かを一つの数値で示してくれます。例えば、ADRが15,000円でOCCが80%のホテルAと、ADRが12,000円でOCCが100%のホテルBがあったとします。一見すると、満室のホテルBの方が好調に見えるかもしれません。しかし、RevPARを計算すると、ホテルAは12,000円(15,000円 × 80%)、ホテルBも12,000円(12,000円 × 100%)となり、収益効率は全く同じであることがわかります。さらに、ホテルBは満室稼働により清掃コストやリネン代、水道光熱費などが最大化しているのに対し、ホテルAは同じ収益を少ない労力で達成していると見ることもできます。このように、RevPARは経営の「質」を評価するための羅針盤となるのです。
第二に、RevPARは具体的な経営判断と戦略立案の精度を高めます。日次、週次、月次でRevPARの推移を追うことで、経営者は自社の価格戦略や販売戦略の効果を定量的に測定できます。例えば、新しい宿泊プランを導入した後や、特定のOTA(Online Travel Agent)でのプロモーションを強化した後にRevPARがどう変化したかを分析すれば、その施策が成功だったのか、改善が必要なのかを判断できます。
また、レベニューマネジメントの実践においてもRevPARは中心的な役割を担います。需要が高いと予測される日にはADRを重視した価格設定を行い、需要が低い日にはOCCを確保するための価格設定を行うなど、RevPARを最大化することを目標に、需要と供給のバランスを取りながら価格を動的にコントロールします。このプロセスにおいて、過去のRevPARデータは、未来の需要を予測し、最適な価格を導き出すための貴重な基礎情報となります。
第三に、市場における自社の競争力を客観的に把握するためのベンチマーク(比較基準)として機能します。自社のRevPARの数値だけを見ていても、それが良いのか悪いのかを判断することは困難です。しかし、同じ地域や同じ施設グレードの競合ホテル群(コンペティティブセット)のRevPARと比較することで、自社の市場での立ち位置が明確になります。
例えば、自社のRevPARが競合平均を下回っている場合、その原因がADRにあるのか、OCCにあるのかをさらに分解して分析します。もしADRが競合より低いのであれば、価格設定が弱気すぎるか、あるいは客室やサービスの付加価値が市場に十分に伝わっていない可能性があります。逆にOCCが低いのであれば、販売チャネルやマーケティング、プロモーション活動に課題があるのかもしれません。このように、RevPARを競合と比較分析することは、自社の弱みを特定し、具体的な改善策を導き出すための第一歩となります。
最後に、RevPARは投資家や不動産オーナー、金融機関といった外部のステークホルダーに対する説明責任を果たす上で極めて重要です。ホテルの資産価値や事業性を評価する際、RevPARはその収益力を示す最も分かりやすく、かつ業界標準の指標として広く用いられます。安定して高いRevPARを維持しているホテルは、収益性が高く、効率的な運営がなされていると評価され、新たな投資を呼び込んだり、有利な条件で融資を受けたりする上で有利に働きます。ホテル運営会社がオーナーに経営状況を報告する際にも、RevPARの推移は運営パフォーマンスを証明する中心的なデータとなります。
このように、RevPARは単なる日々の売上管理指標ではなく、経営の健全性評価、戦略的意思決定、競合分析、そして外部への情報開示という、ホテル経営のあらゆる側面を支える、まさに「背骨」のような存在なのです。
RevPARの計算方法
RevPARの計算方法は非常にシンプルで、主に二つの方法があります。どちらの計算式を使っても算出される結果は同じですが、それぞれが持つ意味合いを理解することで、RevPARという指標への理解がより深まります。ここでは、具体的な数値を交えながら、二つの計算方法を詳しく解説します。
計算方法1:ADR(平均客室単価)× OCC(客室稼働率)
一つ目の計算方法は、RevPARを構成する二つの主要な指標、ADR(Average Daily Rate:平均客室単価)とOCC(Occupancy Rate:客室稼働率)を掛け合わせるものです。
RevPAR = ADR(平均客室単価) × OCC(客室稼働率)
この計算式は、RevPARが「単価」と「稼働」のバランスによって成り立つ指標であることを直感的に示しています。この計算を行うためには、まずADRとOCCをそれぞれ算出する必要があります。
- ADR(平均客室単価)の計算式
- ADR = その日の客室全体の売上 ÷ その日に販売した客室の総数(販売実績客室数)
- 例:ある日の客室売上が1,200,000円で、80室が販売された場合、ADRは 1,200,000円 ÷ 80室 = 15,000円 となります。これは、実際に宿泊したお客様が一部屋あたり平均して15,000円を支払ったことを意味します。
- OCC(客室稼働率)の計算式
- OCC = その日に販売した客室の総数 ÷ 販売可能な客室の総数
- 例:販売可能な客室が全部で100室あり、そのうち80室が販売された場合、OCCは 80室 ÷ 100室 = 0.8、つまり 80% となります。これは、販売できる客室のうち8割が埋まったことを意味します。
これらの数値を使ってRevPARを計算してみましょう。
- RevPARの計算
- RevPAR = ADR 15,000円 × OCC 80% (0.8) = 12,000円
この12,000円という数値は、「販売可能な全100室を対象として、1室あたり平均12,000円の収益を上げた」ことを意味します。実際に売れた80室は平均15,000円で販売されましたが、売れ残った20室の収益は0円です。RevPARは、この売れ残った客室(機会損失)も含めたホテル全体の収益効率を評価する指標であるため、ADR(15,000円)よりも低い数値になります。ADRとRevPARの差額が大きいほど、稼働率が低く、販売機会を多く逃していることを示唆しています。
計算方法2:客室全体の売上 ÷ 販売可能な客室の総数
二つ目の計算方法は、より直接的にRevPARを算出するアプローチです。
RevPAR = その日の客室全体の売上 ÷ 販売可能な客室の総数
この計算式は、RevPARの定義である「販売可能な客室1室あたりの収益」をそのまま数式にしたもので、非常に分かりやすいのが特徴です。先ほどの例と同じ数値を使って計算してみましょう。
- 前提条件
- その日の客室全体の売上:1,200,000円
- 販売可能な客室の総数:100室
- RevPARの計算
- RevPAR = 1,200,000円 ÷ 100室 = 12,000円
ご覧の通り、計算方法1と全く同じ結果になりました。どちらの計算方法を用いても構いませんが、それぞれの方法が持つ意味合いを理解しておくことが重要です。
- 計算方法1(ADR × OCC)の利点:RevPARの変動要因を「単価(ADR)の問題」なのか「稼働(OCC)の問題」なのかに分解して分析しやすい。戦略的な視点からパフォーマンスを評価する際に役立ちます。
- 計算方法2(売上 ÷ 総客室数)の利点:計算がシンプルで、日々のオペレーションの中で素早く収益状況を把握するのに適しています。
【具体例で見るRevPARの活用】
あるホテルが、閑散期にRevPARを向上させるための施策を検討しているとします。現在の状況は以下の通りです。
- 総客室数:200室
- 客室売上:1,600,000円
- 販売実績客室数:100室
- ADR:1,600,000円 ÷ 100室 = 16,000円
- OCC:100室 ÷ 200室 = 50%
- RevPAR:16,000円 × 50% = 8,000円 (または 1,600,000円 ÷ 200室 = 8,000円)
このホテルはRevPAR 8,000円を改善するために、二つのシナリオを検討しました。
- シナリオA:価格を下げて稼働率を上げる戦略
- ADRを12,000円に設定し、OCCを80%(160室販売)まで引き上げることを目指す。
- 予想RevPAR = 12,000円 × 80% = 9,600円
- シナリオB:価格を維持し、付加価値で稼働率を少し上げる戦略
- ADRは16,000円のまま、限定プランなどでOCCを65%(130室販売)まで引き上げることを目指す。
- 予想RevPAR = 16,000円 × 65% = 10,400円
このシミュレーションから、安易に価格を下げて稼働率を追求する(シナリオA)よりも、価格を維持しつつ魅力的なプランで稼働率を少しでも向上させる(シナリオB)方が、結果的にRevPARが高くなることがわかります。このように、RevPARを計算し、目標として設定することで、より収益性の高い戦略を選択できるようになるのです。
RevPARと混同しやすい指標との違い
ホテル経営にはRevPAR以外にも様々な指標が用いられます。特に「ADR」「OCC」「GOPPAR」はRevPARと密接に関連しており、しばしば混同されたり、その違いが正しく理解されていなかったりすることがあります。これらの指標はそれぞれ異なる側面を評価するためのものであり、各々の役割を正確に把握することが、精度の高い経営分析には不可欠です。
ここでは、それぞれの指標の定義とRevPARとの違いを明確にするため、以下の表にまとめました。
指標名 | 正式名称 / 読み方 | 計算式 | 何を評価する指標か | RevPARとの関係・違い |
---|---|---|---|---|
RevPAR | Revenue Per Available Room / レブパー | ① ADR × OCC ② 客室総売上 ÷ 販売可能総客室数 |
収益性(単価と稼働率のバランス) | 経営全体の収益効率を測る総合指標。空室リスクも含めて評価する。 |
ADR | Average Daily Rate / エーディーアール | 客室総売上 ÷ 販売実績客室数 | 価格(実際に売れた客室の平均単価) | RevPARの構成要素の一つ。ADRが高くてもOCCが低ければRevPARは上がらない。「売れた部屋」のみが対象。 |
OCC | Occupancy Rate / オキュパンシーレート | 販売実績客室数 ÷ 販売可能総客室数 | 稼働(どれだけの客室が埋まったか) | RevPARの構成要素の一つ。OCCが高くてもADRが低ければRevPARは上がらない。「量」の側面を評価する。 |
GOPPAR | Gross Operating Profit Per Available Room / ゴッパー | 総営業利益 ÷ 販売可能総客室数 | 利益性(コスト控除後の最終的な利益) | RevPARが「売上」ベースなのに対し、GOPPARは「利益」ベース。レストラン等の付帯収入や運営コストも考慮するため、より経営実態に近い指標。 |
以下で、それぞれの指標についてさらに詳しく解説します。
ADR(平均客室単価)
ADR(Average Daily Rate)は、その日に実際に販売された客室の1室あたりの平均価格を示す指標です。計算式は「客室総売上 ÷ 販売実績客室数」であり、「いくらで売れたか」という価格設定のパフォーマンスを直接的に評価します。
RevPARとの決定的な違いは、評価の対象となる分母です。ADRはあくまで「売れた客室」だけを対象に平均単価を算出します。一方、RevPARは「販売可能なすべての客室(空室も含む)」を分母とします。
- ADRの視点:「この価格で買ってくれるお客様がいた」という成功事例の平均値。
- RevPARの視点:「空室も含めた全客室で、結果的に1室あたりいくらの売上になったか」という経営全体の効率。
例えば、100室中1室だけが100万円で売れた場合、ADRは100万円という非常に高い数値になりますが、OCCは1%です。この時のRevPARは「100万円 × 1% = 1万円」となり、経営実態としては決して芳しくないことがわかります。ADRだけを追い求めると、高価格に固執するあまり販売機会を逃し、結果としてRevPARが低下するリスクがあります。ADRは価格戦略の健全性を測る上で重要ですが、必ずOCCとセットで評価する必要があります。
OCC(客室稼働率)
OCC(Occupancy Rate)は、販売可能な客室のうち、どれだけの割合が実際に販売されたかを示す指標です。計算式は「販売実績客室数 ÷ 販売可能総客室数」であり、「どれだけ客室を埋められたか」という集客力を評価します。
RevPARとの関係で言えば、OCCは販売の「量」の側面を担っています。当然ながら、OCCが高いほどホテルの活気は増し、売上も増加する傾向にあります。しかし、OCCの数値だけを追い求めることにも危険が伴います。
- OCCの視点:「どれだけのお客様に来ていただけたか」という量の指標。
- RevPARの視点:「お客様に来ていただいた結果、1室あたりの収益性はどれだけ高まったか」という質と量のバランス指標。
稼働率を上げることだけを目標にすると、値下げ競争に陥りやすくなります。例えば、競合ホテルが価格を下げたからといって追随し、OCC100%を達成したとしても、ADRが大幅に下落してしまってはRevPARも低下します。さらに、稼働率が上がると、清掃コスト、リネン代、水道光熱費、アメニティ費用といった変動費も増加します。低いADRで高いOCCを達成することは、いわゆる「薄利多売」の状態であり、利益を圧迫する原因にもなりかねません。OCCは集客力のバロメーターとして重要ですが、ADRとのバランスを見ながら、収益性の伴った稼働を目指すことが肝心です。
GOPPAR(販売可能室1室あたりの総営業利益)
GOPPAR(Gross Operating Profit Per Available Room)は、販売可能な客室1室あたりの総営業利益を示す指標です。RevPARが売上(Revenue)に焦点を当てているのに対し、GOPPARは利益(Profit)に焦点を当てている点が最大の違いです。
計算式は「総営業利益(GOP) ÷ 販売可能総客室数」です。ここでの総営業利益(GOP)とは、ホテルの全部門(客室、飲食、宴会、その他)の総売上から、各部門の変動費や人件費、マーケティング費用などの営業費用を差し引いた利益を指します。
- RevPARの視点:客室部門の「稼ぐ力(売上)」を評価する。
- GOPPARの視点:ホテル全体の「儲ける力(利益)」を評価する。
RevPARは客室部門のパフォーマンスを測る上では非常に優れた指標ですが、ホテル経営の最終的な目標は「利益の最大化」です。RevPARが高くても、売上を上げるために過剰な広告費を投下していたり、人件費がかさみすぎていたりすると、最終的な利益は残りません。
特に、レストランや宴会場、スパなどの付帯施設が充実しているホテルでは、客室以外の収益も重要です。GOPPARは、これらの付帯施設の収益と、ホテル全体の運営コストの両方を考慮に入れるため、より経営の実態に近い、ホテルの真の収益力を評価できる指標と言えます。
RevPARとGOPPARは対立するものではなく、補完関係にあります。まずRevPARを最大化する戦略でトップライン(売上)を伸ばし、同時にコスト管理を徹底してGOPPARを向上させる、という両輪で経営を考えることが、持続可能なホテル運営には不可欠です。現場のレベニューマネージャーはRevPARを、総支配人や経営層はGOPPARをより重視する、といった役割分担がなされることも一般的です。
RevPARを改善するための具体的な施策
RevPARは「ADR(平均客室単価) × OCC(客室稼働率)」で構成されるため、この指標を改善するには、大きく分けて「ADRを上げる」「OCCを上げる」、そしてこの二つの「最適なバランスを見つける」という3つのアプローチが存在します。さらに、これらを下支えする要素として「キャンセル率の低減」や「顧客満足度の向上」も欠かせません。ここでは、RevPARを向上させるための具体的な施策を、多角的な視点から詳しく解説します。
ADR(平均客室単価)を上げる
ADRを上げることは、客室の価値を高め、より高い価格でも顧客に選んでもらうことを意味します。単なる値上げではなく、価格に見合う、あるいは価格以上の価値を提供することが重要です。
付加価値の高い宿泊プランを提供する
宿泊という基本機能に、顧客が魅力を感じる「プラスアルファ」の要素を組み合わせることで、客単価の向上を狙います。
- 体験型プラン: その地域ならではの文化体験(例:陶芸体験、着物レンタル、地元の祭りへの参加)や、ホテル内で完結する特別な体験(例:プロのシェフによる料理教室、ソムリエによるワインセミナー)をセットにしたプラン。「コト消費」への関心が高い顧客層に響き、高単価でも選ばれやすくなります。
- 記念日・お祝いプラン: 誕生日や結婚記念日といった特別な日を祝うためのプランです。シャンパンやケーキのルームサービス、部屋のデコレーション、記念写真撮影サービスなどをパッケージに含めることで、通常料金よりも高い価格設定が可能です。顧客の特別な瞬間に寄り添うことで、価格以上の価値を感じてもらえます。
- テーマ性のあるプラン: 「快眠プラン(高品質な寝具やアロマ、ハーブティーを提供)」「ウェルネスプラン(スパトリートメントやヨガレッスン付き)」「ワークケーションプラン(高速Wi-Fi、外部モニター、コーヒーメーカー完備)」など、特定のニーズを持つターゲットに特化したプランは、競合との差別化に繋がります。
アップセルやクロスセルを提案する
既存の予約客に対して、より上位の客室や追加サービスを提案することで、客単価を引き上げます。
- アップセル(Up-sell): 予約時やチェックイン時に、より広く、眺望の良い、あるいは設備の充実した上位クラスの客室へのアップグレードを、差額料金と共に提案します。例えば、「プラス3,000円で、角部屋のデラックスルームにご変更いただけますがいかがでしょうか」といった具体的な提案が効果的です。PMS(ホテル管理システム)やCRM(顧客関係管理システム)を活用し、顧客の過去の宿泊履歴に基づいてパーソナライズされた提案を行うと、成功率が高まります。
- クロスセル(Cross-sell): 宿泊に加えて、他のサービスや商品を提案します。予約完了後の確認メールで「朝食を追加しませんか?」と案内したり、チェックイン時に「当館自慢のスパをお得にご利用いただける宿泊者限定チケットがございます」と勧めたりします。レイトチェックアウト、アーリーチェックイン、レストランのディナー予約なども有力なクロスセル商材です。
連泊・長期滞在プランで客単価を上げる
一見、割引を提供するためADRが下がるように思えますが、連泊を促進することは多くのメリットをもたらします。
- 総収益の増加: 1泊あたりのADRは多少下がっても、2泊、3泊と滞在してもらうことで、一組の顧客から得られる総収益(予約単価)は増加します。
- コスト削減: 滞在中の清掃を簡略化(例:タオル交換とゴミ回収のみ)するエコプランを提供すれば、清掃にかかる人件費やリネン代を削減できます。
- 付帯施設利用の促進: 滞在時間が長くなるほど、館内のレストランやバー、スパなどを利用する機会が増え、客室以外の売上向上にも繋がります。
OCC(客室稼働率)を上げる
OCCを上げることは、より多くのお客様にホテルを選んでもらい、空室を減らすことを意味します。闇雲な値下げに頼らず、戦略的な集客を行うことが重要です。
OTAや公式サイトなど販売チャネルを増やす
顧客との接点を増やし、予約機会の損失を防ぐためには、販売チャネルの最適化が不可欠です。
- 販売チャネルの多角化: 国内外の主要なOTA(Online Travel Agent)はもちろん、特定の地域やターゲット層に強いOTAにも参画します。また、旅行代理店、企業の出張手配を担うTMC(Travel Management Company)、メタサーチ(複数の予約サイトの価格を比較表示するサイト)など、幅広いチャネルで自社の客室を販売します。
- 公式サイトからの直接予約(ダイレクトブッキング)の強化: OTA経由の予約は手数料が発生するため、利益率が高い公式サイトからの予約を増やすことが重要です。「公式サイトが最もお得(ベストレートギャランティ)」を掲げ、公式サイト限定の特典(例:レイトチェックアウト、ウェルカムドリンク)を用意することで、顧客を公式サイトへ誘導します。
ターゲット層に合わせたSNSで情報発信する
ホテルの魅力を視覚的に伝え、潜在顧客とのエンゲージメントを深めるために、SNSの活用は欠かせません。
- プラットフォームの選定: 若年層や女性がターゲットならInstagramやTikTokで写真やショート動画を、ビジネス層や高年齢層も狙うならFacebookを、インバウンド客を意識するなら海外で利用者の多いSNSを活用するなど、ペルソナに合わせて最適なプラットフォームを選びます。
- 魅力的なコンテンツ発信: 美しい客室や料理の写真だけでなく、スタッフの笑顔や仕事風景、ホテル周辺の観光情報、季節のイベントの裏側など、ホテルの「物語」が伝わるコンテンツを発信します。ライブ配信で館内を案内したり、フォロワーからの質問に答えたりすることも有効です。
- UGC(ユーザー生成コンテンツ)の活用: 宿泊客が投稿した写真や感想を、許可を得て公式アカウントで紹介(リポスト)します。第三者によるリアルな口コミは、何よりの宣伝効果を持ちます。
リピーター獲得施策を行う
新規顧客の獲得コストは、リピーター維持コストの数倍かかると言われています。一度宿泊して満足してくれたお客様に、再度選んでもらうための施”を行うことは、安定したOCCを確保する上で極めて重要です。
- 会員プログラムの導入: 宿泊金額に応じたポイント付与、会員ランクに応じた特典(例:アップグレード、専用ラウンジの利用)など、再訪するメリットを明確に提示します。
- CRMを活用した関係構築: 顧客データベースを基に、誕生日や記念日に合わせた特別オファーのメールを送ったり、前回の滞在内容(例:利用したレストラン、好みの枕)を記録しておき、次回の滞在時にパーソナライズされたサービスを提供したりします。「自分のことを覚えてくれている」という特別感が、ロイヤリティを高めます。
キャンセル率を下げる
予約が入っても、キャンセルされてしまってはOCCは向上しません。特に直前のキャンセルや無断キャンセル(ノーショウ)は、再販売の機会を失う大きな損失となります。
予約確認のリマインドメールを送る
宿泊日の数日前(例:3日前)に、予約内容の確認と、ホテルへのアクセス方法や周辺情報などを記載したリマインドメールを自動送信する仕組みを導入します。これにより、うっかり忘れによるキャンセルを防ぐとともに、お客様の旅行への期待感を高める効果もあります。
キャンセルポリシーを見直す
キャンセル料の規定を明確にし、予約時に顧客に同意してもらうことが基本です。それに加え、より戦略的なポリシー設定も考えられます。
- 返金不可プランの設定: 通常よりも安い料金で提供する代わりに、予約後のキャンセル・変更が一切できない「返金不可プラン」を用意します。これにより、確実な予約を早期に確保できます。
- 柔軟なポリシーの提示: 一方で、先の見通しが立てにくい現代においては、柔軟なキャンセルポリシーが予約の決め手になることもあります。「○日前までキャンセル無料」といった安心感を提供することも重要です。これらのプランを時期や需要に応じて使い分けることが求められます。
ADRとOCCの最適なバランスを見つける
RevPAR向上の本質は、ADRとOCCのどちらか一方を最大化するのではなく、両者の積(掛け算)であるRevPARを最大化することにあります。これを実現する手法が「レベニューマネジメント」です。過去の予約データ、競合の価格動向、地域のイベント情報、季節性、曜日など、あらゆるデータを分析して将来の需要を予測し、日ごとに最適な価格と販売数をコントロールします。需要が高い日には価格を上げてADRを最大化し、需要が低い日には価格を下げてでもOCCを確保し機会損失を防ぐ、といったメリハリのある戦略が重要です。
顧客満足度を向上させる
ここまでに挙げた全ての施策の土台となるのが、顧客満足度の向上です。高い満足度は、良い口コミやリピート利用に繋がり、結果としてADRとOCCの両方を自然に押し上げます。清潔で快適な客室、心のこもった接客、美味しい食事、スムーズなチェックイン・アウトなど、滞在のあらゆる場面で顧客の期待を超える体験を提供することが、RevPAR向上の最も確実な道と言えるでしょう。
業務効率化でコストを最適化する
直接RevPARを上げる施策ではありませんが、PMSやサイトコントローラー、セルフチェックイン機などのITツールを導入して業務を効率化することは、間接的にRevPAR向上に貢献します。単純作業から解放されたスタッフが、より付加価値の高い、顧客満足度向上に直結する業務(おもてなしやパーソナライズされた提案など)に集中できるようになるからです。また、コストが最適化されれば、利益率の高い経営が実現し、次の投資への原資も生まれます。
RevPARを分析するときの注意点
RevPARはホテル経営の収益性を測る上で非常に強力な指標ですが、その数値を鵜呑みにしたり、誤った解釈をしたりすると、経営判断を誤るリスクもあります。RevPARを正しく活用するためには、いくつかの注意点を理解しておく必要があります。
販売できない客室は計算に含めない
RevPARの計算式の分母は「販売可能な客室の総数」です。ここで重要なのは、「販売可能」の定義を明確にし、一貫して使用することです。
ホテルが保有する全ての物理的な客室数が、必ずしも「販売可能な客室数」とイコールになるわけではありません。例えば、以下のような客室は、計算から除外するのが一般的です。
- 改装・修繕中の客室: 長期間にわたるリノベーションや、水漏れなどの緊急修繕で販売ができない客室。
- ホテルスタッフが使用する客室: 従業員の寮や事務所として恒久的に使用している客室。
- ショールーム: モデルルームとして常設展示している客室。
これらの客室を分母に含めてしまうと、本来の実力よりもRevPARが不当に低く算出されてしまいます。特に、大規模な改装を行っている期間は、販売可能客室数が通常期と大きく異なるため、前年同月比などで比較する際には注意が必要です。
また、競合ホテルと比較分析を行う際にも、この「販売可能客室数」の定義が施設間で異なっている可能性があることを念頭に置く必要があります。もし定義が異なれば、算出されるRevPARの数値も単純比較はできません。正確なベンチマーキングのためには、できるだけ同じ基準で算出されたデータを用いることが望ましいです。
客室部門のみを評価する指標だと理解する
RevPARは、その名の通り「Revenue(収益)」を評価しますが、これはあくまで「客室部門から得られる売上」に限定されます。ホテル全体の収益には、レストランやバーなどの飲食部門、結婚式やMICE(会議・研修・展示会)などの宴会部門、スパやプール、ギフトショップなどのその他部門からの売上も含まれます。
RevPARだけを見ていると、これらの付帯施設のパフォーマンスを見過ごすことになります。例えば、以下のようなケースが考えられます。
- ケース1:リゾートホテル
客室単価は比較的抑えめでも、宿泊客が長期滞在し、ホテル内の高級レストランやスパ、アクティビティで多くの金額を消費するビジネスモデルの場合、RevPARはそれほど高くなくても、ホテル全体の売上や利益は非常に高い可能性があります。 - ケース2:宴会に強いシティホテル
平日の宿泊稼働はそこそこでも、週末に大規模な結婚式や企業の宴会が多数入ることで大きな収益を上げている場合、RevPARだけではそのホテルの真の収益力は測れません。
このように、特に付帯施設の売上比率が高いホテルにおいては、RevPARはあくまでホテル経営の一側面を切り取った指標であると理解することが極めて重要です。ホテル全体の経営状況を総合的に判断するためには、前述したGOPPAR(総営業利益÷販売可能客室数)や、TRevPAR(Total Revenue Per Available Room:総売上÷販売可能客室数)といった、付帯施設の売上や利益まで含めた指標と併せて分析する必要があります。RevPARは客室部門の販売戦略の成果を測る指標、GOPPARはホテル全体の収益性とコスト管理の成果を測る指標、というように、それぞれの役割を理解して使い分けることが求められます。
競合施設と比較して自社の立ち位置を把握する
RevPARの数値は、単独で見ていてもその良し悪しを判断することは困難です。例えば、自社のRevPARが10,000円だったとして、これが高いのか低いのかは、それだけでは分かりません。この数値を意味のあるものにするためには、必ず「比較」の視点を持つことが不可欠です。
比較の対象として最も重要なのが、同じマーケットに属する競合ホテル群(コンペティティブセット、通称コンプセット)です。コンプセットは通常、自社ホテルと立地、施設グレード、ターゲット顧客層、価格帯などが類似する4〜5軒のホテルで構成されます。
このコンプセットの平均RevPARと自社のRevPARを比較することで、初めて市場における自社のパフォーマンスを客観的に評価できます。
- 自社のRevPAR > 競合平均: 市場平均を上回るパフォーマンスを達成できている。
- 自社のRevPAR < 競合平均: 市場平均を下回っており、何らかの課題がある可能性が高い。
さらに、RevPAR Index(RPI)やMarket Penetration Index(MPI)といった指標を用いれば、より詳細な分析が可能です。
- RPI (RevPAR Index) = (自社のRevPAR ÷ 競合の平均RevPAR) × 100
- RPIが100を超えていれば、競合平均よりも高い収益性を達成していることを示します。100未満であれば、市場シェアを十分に獲得できていない可能性があります。
RevPARが競合平均を下回っている場合は、さらにその要因をADRとOCCに分解して分析します。ADRが低いのか、OCCが低いのか、あるいは両方低いのかを特定することで、打つべき戦略(価格戦略の見直し、集客施策の強化など)が明確になります。
このように、RevPARは常に競合との比較の中でその意味をなし、自社の現在地を教えてくれる羅針盤となるのです。自社の過去の実績(前年同月比など)との比較も重要ですが、市場全体の動向を捉えるためには、競合比較の視点を欠かすことはできません。
まとめ
本記事では、ホテル経営における最重要指標の一つである「RevPAR(レブパー)」について、その基本的な概念から計算方法、関連指標との違い、具体的な改善策、そして分析時の注意点に至るまで、網羅的に解説してきました。
RevPAR(販売可能な客室1室あたりの収益)は、「ADR(平均客室単価)」と「OCC(客室稼働率)」という、収益を生み出す二大要素のバランスを統合した指標であり、ホテルの客室部門が持つ「真の収益力」を可視化します。この指標を正しく理解し活用することは、日々のオペレーション改善から長期的な経営戦略の立案まで、あらゆる意思決定の質を高めることに繋がります。
RevPARを向上させるためには、単に価格を上げ下げしたり、稼働を追い求めたりするのではなく、多角的なアプローチが必要です。
- ADR(単価)の向上: 体験型プランや記念日プランといった付加価値の高い商品を創出し、顧客単価を引き上げる。
- OCC(稼働率)の向上: 販売チャネルを最適化し、ターゲットに響く情報発信を行い、リピーターとの関係を構築して安定した集客を実現する。
- バランスの最適化: レベニューマネジメントを実践し、需要を的確に予測して、RevPARが最大化される価格と販売数の組み合わせを見つけ出す。
これらの施策はすべて、顧客満足度の向上という土台の上に成り立っています。お客様に価格以上の価値を感じてもらい、素晴らしい滞在体験を提供することこそが、結果として良い口コミやリピート利用を生み、持続的なRevPARの向上を実現するのです。
また、RevPARは万能な指標ではありません。あくまで客室部門の売上を評価するものであること、そしてその数値は競合施設との比較の中で初めて意味を持つことを忘れてはなりません。ホテル全体の経営を評価するには、GOPPARなどの利益指標と組み合わせて分析する視点が不可欠です。
RevPARは、ホテル経営という航海における羅針盤のような存在です。自社の現在地を正確に示し、進むべき方向を照らしてくれます。本記事で得た知識を元に、ぜひ自社のRevPARを分析し、収益最大化に向けた次なる一歩を踏み出してみてください。